Showky Yomo-Yama Talking

 
 
 

京都発・胸を撃つネオ・ニューミュージック、冴沢鐘己の気まぐれな日々
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マーケティングって、なにさ
非難覚悟で吐き出してみる。

いまだに何かと言うと「女子高生(もしくはその下)をターゲットに」って、どうなのか。
あとはグッと飛ばして「団塊の世代」とかだもんね。

飛ばされた「20代、30代、40代」は、それでいいのか。
確かに仕事やら家庭やら大変だけどさ。
だからといって、婚活とか、派遣がどうとか、何シミッたれたことゆうとんねん。
「カッコいいな」とか「イキオイあるな」とか「サスガだな」とか、下の世代や上の世代に思われなくてどうするよ。

ハッキリ言って、僕は90年代の音楽やカルチャーはクソだと思うし、ヒップホップと小室哲哉が音楽シーンをダメにしたと思ってる。

今の日本のなんちゃってR&Bや、文学気取りの青臭いギターバンドなんて退屈で10秒が限界、甘ったるいバラードも辛気くさくて眠くなるし、イキがったガキが声合わせて「みんなトモダチ」とかアホじゃないの、甘えんじゃねえよって思う。

少なくとも、その世代でもないのに、その波に気圧されて改宗したやつは、死んでしまえと思ってる。

そんな考えを押し付ける気はないけど(それをイイと思ってる人は、それを突き進めばいい)、せめて自分が影響を受け、カッコいいと思ったサウンドやカルチャー、生き様を、きちんと伝承していきたいよね。
その気概は持たないと。

それぞれの世代が、そういったエゴや意地を張り合ってこそ、新しいものが生まれるんじゃなかろうか。

女子供の機嫌をとるこたぁねえよ。自戒も含め。
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by Showky | 2009-07-08 00:20 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
潰れた魂に義足はつかない
たぶんこのニュースはすぐに話題になるだろうから、早めに書いとく。

僕は、村上春樹の本は読んだことがない。
でも、彼がフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」やチャンドラーの「ロング・グッドバイ」を翻訳したというのは知っていた。

僕はフィッツジェラルドはまだ読んでいないけど、チャンドラーは全部読んでる。だから、村上春樹がどんなスピリットを持つ作家なのかは想像がつく。

その村上春樹が、イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞し、現地に招かれスピーチをすることになった。
それはとても栄誉なことだけども、一方で、イスラエルはガザ攻撃で世界の非難を集めているところ。とても喜んでほいほいと行ける状況ではない。むしろ「受賞を辞退せよ」との声まで上るほど。

しかし村上春樹は現地に行き、ガザへの空爆を命じたペレス首相の前でスピーチを始めた。

原文はこちらを参考に。

概訳はこちらを参考に。

一番素晴らしいのはここ。

私は、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

僕はこれを読んで、名作「セント・オブ・ウーマン」のラスト、アル・パチーノの演説シーンを思い出した。

高い壁を目の前にして、諦めるのも逃げるのも簡単なことだ。いっそ高い壁の側につけば、どんなに楽だろう。

でも「潰れた魂に義足はつかない」
一度妥協すれば、もう二度とは元に戻れない。

たとえ何もかも失っても、それでも誇りを持って歩いていける、そんな強い魂を持ちたいものだね。

セント・オブ・ウーマン 夢の香り [DVD]
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by Showky | 2009-02-16 23:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)
光母子殺害事件、判決
出ましたね。

僕のこのブログでも、ずいぶんと議論になりましたが

tags/理屈っぽい話

この流れならばこうなるしかないだろうという妥当な判決。
結局のところ、真実を知り得ない僕らからすれば、

・被告人は人非人
・弁護団はバカ

のどちらか(もしくは両方)だと取られても仕方のない流れなわけで、パラドキシカルな表現になりますが、遺族の本村さんは今回ラッキーだったと思います。もっと頭のいい弁護団が周到に‘情状酌量’のセンで攻めていれば減刑になる可能性だってあったわけですから。
あの失礼極まりない被告の言い分を耐えた甲斐があったというものです。

弁護団にとっても辛い日々だったようですが、言ってみれば自らの失策で、自分の船に穴を空けたようなものなので、世論のせいにするのはお門違い。厳しい言い方ですけど。
そもそもあのやり方で世論の反発を予想しなかったのが信じられない。誰も指摘する人がいなかったのも信じられない。ま、そういうことです。
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by Showky | 2008-04-22 14:01 | 日常 | Trackback | Comments(3)
著作権という「ひび割れたダム」
ずっと疑問に思ってたんだけど、そもそも「不正ダウンロード」や「不正アップロード」を取り締まれると本気で思ってる人っているんだろうか?
CCCDがうまくいくと思ってた人がいたことすら不思議でしょうがないのに。

ひび割れてしまったダムの決壊を止めることはもはや不可能なので、壊れる前提で事後のことを考える段階に来てると思うんだけど。

あ、いや、著作権の話。音楽にしろ写真にしろ映像にしろ、いままでのテレビやラジオと同じやり方で管理しようなんて、そりゃどう考えても無理だって。
「禁酒法」みたいなもんで、どんな法律を成立させようが、世情にそぐわないものは守られないですよ。

【関連記事】
「ネットはクリエイターの敵か」池田信夫blog
「ダウンロード違法化」「iPod課金」──録音録画補償金問題、意見募集始まる

ま、中島みゆきの「世情」でも聴きながら、考えてみてくださいな。
シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく 変わらない夢を流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を見たがるものたちと 戦うため

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by Showky | 2007-12-12 15:57 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
愛される条件
「ちりとてちん」見てますか。え?見てない? そりゃもったいない。

もしあなたが
「なぜ、あの人ばっかりいい思いをして、私はこんな目に遭うんだろう」とか
「なぜ誰も私のことを見てくれないんだろう」とか
「なぜあの人はみんなに愛されて、自分には何もないんだろう」とか

まあとにかくそんな風に、自己嫌悪と劣等感でヒガミ根性がしみついてしまっているなら、「ちりとてちん」の主人公にどっぷり感情移入できるはず。
そして、彼女の師匠である渡瀬恒彦の言葉に涙するでしょう。

当たり前だけど、人を愛せない人は誰からも愛してもらえない。
人を楽しませることをしない人が、人に笑顔は向けてもらえない。

誰かに認めてもらいたいとか、褒めてもらいたいとか、そりゃあ僕だって思うけど、それはやっぱり順序が逆だな。

まずは真っすぐに努力をすること。
何のために?
楽しんでもらうために。喜んでもらうために。感動してもらうために。

それが「エンターテイメント」だもの。

ましてその道を目指すのならなおさら。

なんでもそりゃあ「上手い」に越したことはないけどさ、上手いだけではね。
「上手くやろう」とか「褒めてもらおう」とかばっかり考えてるパフォーマンスでは、人の心は動かない。

例えば僕の知ってるある女の子は、技術があってもなくても、いついかなる時も全力で僕らを楽しませてくれる。歌を歌わせても踊らせてもボケさせてもカメラを向けても、全力で「空気」を読んで「心」を乗せてくる。そこに邪心はない。だから何をさせても楽しい。

その心構えが最初にあって、そこに技術と経験が加わったパフォーマンスが「プロ」なんだと思う。

今週の「ちりとてちん」。
その修行の第一歩が「雑用」なんですね。落語家とか漫才師とか、あと昔のミュージシャンの「ボーヤ」なんかも。
お茶汲み、窓ふきひとつ「心をこめて」できない人が、一流の芸人にはなれない、と。

ああ、スタジオ、まめに掃除しないと・・・。
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by Showky | 2007-11-30 05:41 | 日常 | Trackback | Comments(0)
教育再生会議のタワゴト
小学4、中学5年制も検討 教育再生会議の素案判明

いや、別にね、そういうことを考えるのは構わない。みんなで検討するのもいいことでしょう。
でもさ、正味の話、教育問題だけに絞っても、他にもっと先にやることがあると思うんだけど。

それにさ、それを実行すればどんなことになるか、ちゃんとシュミレーションできてるのか?、なにより、ちゃんと責任もって遂行できるのかとの疑念をぬぐい去ることができない。

ぶっちゃけ、文科省から始まり、教育委員会やら臨教審やらなんやら日本の教育を支える組織が、誰がやっててどんな仕組みなのかは知らないんだけど、とにかくどいつもこいつも信用できないのだ。

古くは、僕と同世代の人なら記憶にあると思うんだけど、初期の共通一次試験用に「理科1」と「現代社会」という、新しい科目ができたのさね。全国の高校から予備校から、そりゃあもう右往左往さ。
ところが、わずか5年で廃止。理由は「出す問題がなくなるから」。

もうね、アホかと。
お前ら、たった5年先のことも見通せなかったのかと。振り回される受験生と学校の身になれよと。

時は流れて、記憶に新しい「ゆとり教育」ムーヴメント。
週休二日制に始まり、どんどん教科書の内容を薄くし、あげくの果ては「円周率=3」と教える暴挙。

で、さ。今それらを反省して、もとに戻そうとしてるわけじゃない。
出てきた問題点や非難の言葉、現場からの苦情など、はっきり言って最初から想像できたものばかり。
誰かひとりでも頭のいい人がいたら、導入前に解決策を考えるか避けるか取りやめるかできたはずなんだ。僕だって(もちろん後だしジャンケンに聞こえるだろうけど)、絶対元に戻さざるを得なくなるよって言ってたもの。

結局、少なくとも僕が高校生の頃から、連中は変わっていない。アホしか揃っていない。

だからね、振り回される子供たちのことを考えたら、彼らは信用できないから、声を大にして反対しておきたい。何より、アベシンゾウが集めた連中なんて、その時点で信用できないやん。

だいいち、「子供の成熟化傾向」って、どこ見て言ってんだか。
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by Showky | 2007-10-21 23:46 | 日常 | Trackback | Comments(2)
音楽は‘共有’するものだ
2002年、僕は友人たちに、冗談まじりにこう吹聴した。
「エイベックスは5年以内に潰れるよ」

この年、エイベックスはCCCDの導入を大々的にぶちあげたから。
僕の理論はこう(そんなタイソウなものでもない)。

CCCDを導入したところでCDの売上が増えるわけではない→そのうえCCCDには実効性がない(実は簡単にリッピングできる)→でもCCCDの開発と導入には莫大なカネがかかる→経営を圧迫する。

結果、もちろんエイベックスもバカではないので潰れはしなかったが、CCCDはもう導入されていない。いまや多くのレーベルも、事実上CCCDからは撤退していて、残ったバカはEMIだけになった。そのEMIも、東芝が手を引いたがその理由は知らない。

細かい技術論や法律論は抜きにして、僕が言いたかったのはこれ
CCCDを導入したところでCDの売上が増えるわけではない

人はなぜCD(あるいはレコード)を買うのか。

その音楽プラスαのものを所有したくなったから。
音楽そのものを買っているのではないのです。
プラスαのものを買わせるために、CDの中の音楽は存在するのです。
つまり、CDの中の音楽は、あくまで名刺代わりなのです。

え?じゃあ、音楽って・・・・。

あのね、音楽はもともと誰もが共有できる‘タダ’のものなのね。だって、本来が口伝えで伝承されて生き延びてきたものだもの。
その中で、選ばれたものだけが誰か酔狂な方に育ててもらえる(金を出してもらえる)。

僕だってさ、好きなアーティスト、好きな曲はゴマンとある。
でも実際、金を出してCDを買ったりコンサートに行くのはその一部、何かその時の自分と共感できる‘プラスα’を感じ取ったものにだけ。

小学生の頃、甲斐バンドもツイストも同じくらい好きで、歌詞も完璧に歌えたけど、お金を出して買ったのは甲斐バンドだった。実はジュリーだって、1枚もレコードは持っていない。当時の限られたお小遣いの中で、歌謡曲の中ではジュリーではなく布施明を所有することを選んだだけ。それはその歌の向こうに「今、どうしても手もとに持っておきたい」と渇望させるサムシングを感じたから。
でも、当時でも音楽はタダで手にできたから(テレビやラジオ、あるいは友達からのダビングなど)、今でもジュリーの曲は(フリ付きで)歌えるし、リスペクトも変わらない。大人になり、余裕ができてからようやくCDも買ったしDVDも買った。

つまりさ、音楽は本来、水や空気のように存在するものなんだ。
実際に触れて、初めて感動し、ありがたさを感じ、手にしたい、守りたいと思うものなんだ。

それを、簡単に触れさせないようカギをかけてしまい込むのは本末転倒。
触れられることを拒絶しているものに対して、守ろうという愛情はなかなか持てないよね。
音楽は(とりわけポピュラーミュージックは)大衆の中に飛び込んでこそ愛されるもの
よく言われる「音楽の共有は泥棒行為です」というのは、前提から間違っているのです。

だから、どんな技術を生み出しどんな法律を作ろうと「CDのコピーを止めることはできない」し「音楽の共有を止めることはできない」。善悪の設定基準が間違っているのです。

そんなんで、最近僕が仲間に言いふらしてること。

「ジャスラックは5年以内に潰れるよ」

海の向こうでは、かのプリンスが新作アルバムを全てネットで無料配信したとか。
さらにはマドンナまでが・・・
マドンナはレコード業界を捨てるのか

もちろんプリンスやマドンナは、大御所だからこんな大それたことができるんだけど、大御所だからこそ、現状に安住せず時代の先を見ようとする姿勢が素晴らしい。

僕らはすでに、メジャーレーベルの実態も、ジャスラックの実態も知ってしまってる。でも彼らはリアルな現状をおそらく知っていない。

これからどうすればいいか迷ったら、今こそもう一度胸に手を当てて考える時期かもしれない。
僕らはなぜ歌いたいのか、なぜ音楽を愛するのか

その答えはもちろん、美空ひばりやジョン・レノン、モーツァルトとだって変わらないかもしれないんだ。

・・・次回「ディズニーとジャニーズは10年以内に潰れる」編、ご期待下さい(←うそ)
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by Showky | 2007-10-12 11:48 | 音楽 | Trackback | Comments(5)
なぜ、勝てる弁護士が激減するのか
下の記事のコメント欄で、ちょっと面白いトピックがあがりました。

ある方のコメントに僕がレスしたのですが、その方の文章から僕が感じたことが、その方の真意から大きくずれていたのです。

ここでひとつ、僕がどういう思考の流れをしたか、検証してみます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【問題となったコメントの原文】
「勝てる弁護士」も激減しそうですね。
なにしろ知識不足、情報不足だと理解力も足りなくなるのが普通ですからね


【解説】
以下、このコメントの筆者を甲さんとする。

まずはこの文を、言葉を補って再構築してみる。

A「(人というものは、与えられる)知識や情報が不足すると理解力も足りなくなる」
↓(ゆえに)
B「勝てる弁護士も激減すると予想される」

甲さんはこのように考えたと思われる。
Aの部分には、特に疑問点はない。
しかし、AからBの間には若干飛躍があるので、論理を整理しなければならない。

まず、省略された主語である「人」とは、誰を指すのか?
裁判官?検察官?それとも一般大衆?マスコミ?あるいは特定の誰か?
もちろん直近の「弁護士」も考えられるが、それだと、「弁護士の理解力が足りないと、彼らは勝てない」という意味になり、あまりに自明すぎて議論に値しない。
実はこの原文の直前に「国民」という言葉が登場しているので、ここは「国民」ととるのが妥当だと考えられる。

命題をシンプルにしてみる。

「国民の理解力が足りなくなると、勝てる弁護士は激減する」
言い換えれば
「国民の理解力が足りないと、弁護士の多くは勝てない」
つまりは
「多くの弁護士が勝つためには、国民に知識や情報を与えて、それらを理解させなければならない」

以上、これが甲さんの主張である。

ここまでは問題ないですか。ついてきてますか。

で、ここまでならば、特に僕は反論・異論はないです。「そうですね」のひと言で終わり。
しかし甲さんは、この本来論理的でシンプルなはずの文章を、わざわざ回りくどい表現にしている。
ということは、甲さんは僕に対して、特に自分の理論を理解させようとはしていないと考えられる。
人が誰かに語りかける場合、情報を交換したり議論をするのでなければ、たいていは何かの感情の発露である。

では、最初のひと言
勝てる弁護士も激減しそうですね。
には、どんな思いがこめられているのか。

喜んではいない。怒ってもいない。悲しむというほどでもない。
憂いているか、嘆いているのではないか?

ではなぜ? 何に対して?

それはもちろん、ご自身の主張である
多くの弁護士が勝つためには、国民に知識や情報を与えて、それらを理解させなければならない
この命題が現実と乖離しているから。
つまり、今のままでは多くの弁護士が勝てないから。

なぜ勝てないか。国民が知識や情報を理解していないから。なぜ理解できないか。
弁護士がちゃんと国民に知識や情報を与えていないから。

まとめます。

甲さんは多くの弁護士に対して「ちゃんと国民に知識や情報を与えて理解させないと勝てないぞ」と嘆いている。
その思いを僕に伝えるために、甲さんはあの書き込みをした。

と、まあ、僕はそう考えて、以下のように返事しました。

つまりあなたは、今の日本の弁護士のほとんどはまともな情報伝達能力を持っていないと嘆いていらっしゃるのですね。それは由々しき問題ですなあ。どうすれば解決できるのか、みなで真剣に考える時期かもしれませんね。」

まあ、僕のこの返事も、一足飛びすぎたかもしれないですね。短くまとめようとすると、往々にしてこういうことがおこります。

いかがでしたか。僕の思考の流れがわかっていただけたでしょうか。

そして、ここにはどういう問題が含まれているか、来たるべき裁判員制の導入に向けて、いろいろ考えてみるのも面白いかもしれません。
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by Showky | 2007-09-28 01:11 | 日常 | Trackback | Comments(14)
光市母子殺害事件の行方
下の記事の、ruhiginoueさんにコメントについて。

ブログ、読ませていただきました。また、その他の弁護側の主張を詳しく解説されているサイトもいくつか読ませていただきました。

もちろん僕は当事者ではないですし、裁判の傍聴もしていないので、真実は何かを知ることも、何が事実かを判定することもできません。
いち一般大衆として、検察側と弁護側の主張に目を通した結果、やはり検察側の語るストーリーの方が受け入れやすく、弁護側のストーリーにはかなりの無理を感じます。

意見の食い違う「首を絞めたのは順手か逆手か」「子供は叩きつけたのか、ただ落としただけなのか」とか、それだけを事実認定で争っているなら重大な問題かもしれないですが、そこから組み上げている弁護側のストーリーがあまりに突飛なので、「いや、争点はそこではないやろ」と思わず突っ込みたくなります。

で、百歩譲って、弁護側のストーリーが真実であるとして。

それならばやはり弁護側の戦術は稚拙で愚かであり、あれではそりゃあ、大衆の支持は得られないし、もし陪審員制が導入されていれば、100%負けるだろうと思えてしまいます。

もし弁護団が本当に被告の主張を信じて本気で弁護をしているのなら、あんな人を不愉快にさせるストーリーで情状酌量や責任能力無しを関係者や大衆に信じさせるなんて、並大抵の苦労ではないし、そりゃあ涙のひとつも出るでしょう。

でも、正直、僕は被告がウソをついていると思います。

会ったこともないのに、何を!と言うかもしれませんが、「殺した相手をレイプした(あるいは順序が逆でも)」という一点においてのみでも、彼には「成人した人間の理性」があったと判断するべきです。幼児性なんて、ちゃんちゃらおかしい。

やはりもう一度スタートに立ち返り、「罪もない若い母親を殺した上でレイプし、幼い子供を殺した」という時点で、死刑が妥当だと思います。‘母親と子供を殺した’までなら、あるいは何かの情状酌量や、心神喪失などで減刑の余地があるかもしれないですが、そこにレイプが加わった時点で、一切の同情の余地はないと思うんですが。
順手か逆手かなど、もし真偽が判明すればそこからまた新たに事実を積み上げていけばいいわけで、冤罪かどうかを争ってるわけではないし、行き着く結果は決まってるわけだから、大した問題にはならないでしょう。

もし僕が陪審員なら、こう判断して死刑に一票入れます。
で、弁護側としては、もはや情状酌量を狙うしかない、と・・・あれ、なんか元に戻った。

>報道にウソがあるとか、記者会見を無視されたとか、情報操作があるとかないとか。

反社会的な活動をしているアウトロー集団なら、そりゃあマスコミも無視するかもしれないですが、プロの弁護士がそんな泣き言を言っちゃあいかんでしょう。
日本中が注目してる大事件ですぜ。世間の目と耳を集める方法など、いくらでもあるでしょう。やはりもっと頭のいい人をブレインに入れるべきです。

ま、なんのかんの言っても、やがては判決が出るわけですし、もしかしたら意外な真実が浮かび上がるかもしれません。当事者ではない以上、行方を見守るしかないわけで。

どっちに転んだとしても、一般論として僕は死刑制度維持を支持しますが。

> 死刑制度については、統計があります。
以下の論旨の結論がよくわからないですが、
「いくつかの国では、法曹にかかわってきた人たちが、実際に経験から無意味だと思って死刑を廃止したが、大衆のほとんどは今でも死刑賛成だ」
という趣旨であれば、「さもありなん、そりゃそうでしょう」とお答えするしかないです。

もし僕の目の前で、誰かえらい法律関係者が「死刑は無意味だから、廃止すべき」だと主張すれば、僕は即座に「おそらく大衆の多くは、無意味だとは感じていないから、あなたの考えを支持しないでしょう」と教えてあげますね。
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by Showky | 2007-09-22 03:42 | 日常 | Trackback | Comments(58)
死刑制度は廃止できるか
細かいことは置いておいて、死刑廃止論者がよく引き合いに出すこのフレーズ
「人の命は地球より重い」
「殺人が許されないなら、同じ殺人である死刑もあってはならない」

どちらも、ある種の格言としてなら(人間への戒めの一種として)深い意味を持つかもしれないけど、こと死刑の是非を問う時には、不適切でナンセンスだと常々感じてます。

つまり、当事者にとっては「人の命が地球より重いかどうか」などどうでもよく、比べるべきは‘その罪の重さ’と‘命の重さ’なのです。

また、死刑が殺人であるかどうかもどうでもよく、‘その殺人が命と引き換えに償うほどの罪の重さを持つのか’が問題なのです。

で、その判断は、論理的思考や宗教的倫理などではなく、ひとえに人が人としてどこかに生まれながらに持つ野性的感情にのみ左右されるのです。

つまり‘あいつだけは、命に代えても許せねえ’という感情が人にある以上、どんな綺麗ごとで法律や規則を作っても、それは守られることはないのです。

だから、まず考えなきゃならないのは、遺族の感情を癒すこと。犯人の命を奪う以外に心癒されることがないのなら(つまりどうあっても許せないなら)、死刑に処すしかない。だから絶対に死刑という選択肢は残しておかなきゃならない。

その上で、本気で死刑廃止を実現するなら、少なくとも裁判の場で事実を明らかにし、冤罪の可能性がゼロになったなら、あとは被告はひたすら遺族に許しを乞い、その弁護団は遺族に癒しを与えなければならない。
遺族が被告に生きることを許しさえすれば、誰も死刑にする必要はなくなるわけだから。

そういう意味で、光市の事件の弁護団の行動は愚かだし、倫理的にも感情的にも許しがたい思いを押さえられないな。

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by Showky | 2007-09-21 02:22 | 日常 | Trackback | Comments(11)

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冴沢鐘巳は誤植です(^_^;